ルカの福音書 1:26ー38
礼拝メッセージ 2016.12.4 日曜礼拝 牧師:船橋 誠
1,イエスという名前の意味からわかる、喜びの知らせ
キリストという名称の意味
今回の聖書箇所の中心は、何と言っても、31〜33節のお言葉です。御使いガブリエルによって告げられた預言には、すばらしい喜びの知らせの中心人物が明らかにされています。それはイエス・キリストです。2:11まで、「キリスト」(メシア)という言葉は出て来ませんが、この31〜33節でその内容が明らかにされています。キリストという名称は、通常、救い主と訳されますが、直接の意味は、油注がれた者、すなわち王様のことです。この箇所に記されていることは、生まれてくださるお方が、未だかつてない、最も素晴らしい王であられるということです。彼は、「すぐれた者」であり、「いと高き方の子」です。そして「ダビデの王位」を持つ方、「ヤコブの家を治め」る方として、描かれています。キリストは、このように私たちを守り、祝福してくださる永遠の王である、すばらしいお方です。
イエスという名前の意味
誰もが知っている「イエス」という名前が31節に初めて記されます。「名をイエスとつけなさい」と書かれています。この文章は「彼の名をイエスと呼ぶであろう」と訳すこともできます。「イエス」という名前は「主は救い」という意味として、よく説明されています。ヘブライ語的に発音すると、イエシュアや、イェホシュアとなり、おそらくその語源はヘブライ語で「ヤーシャー」という言葉で、助ける、救う、勝利する等の意味があります。 興味深いことに、人々が神に向かって叫ぶ、一番よく使われる言葉はこの語の命令形でしょう。つまり、「助けて!」(Help!)です。日本語表記にすると、関連性がわかりにくくなりますが、同じ言葉に「ホサナ」という言葉がありますが、それは原音にすると「ホシア・ナー」で、どうか助けて!という意味です。
日本には「困った時の神頼み」という言葉がありますが、クリスチャンであろうとなかろうと、多くの人たちが苦しい状況に置かれたとき、必死になって「神様、助けて!」と心のなかで叫びます。これまでのイスラエルの歴史の中においても、何度となく「助けて!」と神に叫び続けたことでしょう。私は「イエス」というお名前は、その多くの「助けて!」に神が答えてくれたことを表す名前であると思います。神はその同じ語をもって、それに答えて、「だいじょうぶ、あなたを助けてあげよう」と宣言されたのです(参照;出エジプト2:23−25)。
2,マリヤという名前の意味からわかる、喜びの知らせ
マリヤという名前の意味
次に、イエスの母となる、マリヤについて見ましょう。マリヤは、一般には聖母マリヤ、マドンナなどと呼ばれています。マドンナという言葉は、古いイタリヤ語で、「私の貴婦人」の意味で、「あこがれの女性」を表すとも国語辞書にも書いてあり、よく使われています。ちなみに、カトリックの大聖堂や学校の名前で用いられている「ノートルダム」という言葉も、フランス語で「我らの貴婦人」の意味で、同じようにマリヤのことを指しています。
27節「マリヤ」の名前には、新改訳聖書には脚注が付いていて、「ギリシャ語「マリアム」ヘブル語の「ミリヤム」に当たる」と書いてあります。ルカが、マリヤと書かずに、あえて「マリヤム」という書き方にこだわった理由は、七十人訳(ギリシャ語訳旧約聖書)にルカが精通していたため、それにこだわって表現したと、一般的には説明されています。
けれども、それだけの理由とは思われません。何か他にも意図があるのではないでしょうか。ふつうミリヤムと言えば、旧約聖書に登場する有名な女性のことです。彼女は出エジプトで活躍したモーセとアロンの姉にあたる人物です。彼女は、生まれて3ヶ月の赤ん坊であった弟モーセを、両親が命を守るためにかごに載せてナイルの川岸に置いたとき、モーセの後を追いかけて見守り続け、王女に拾われることを見届けてから、乳母として、実の母親を推薦したのです。実に、しっかり者の女性でした。
目立つ人物ではないかもしれませんが、神のために重要な働きを担ったうちの一人です。もう一つ、ミリヤムで有名な記事は、出エジプトを果たした時に捧げられた賛美の歌で、出エジプト記15:20−21です。これは個人による最古のヘブル詩歌と呼ばれています。マリヤもこの喜びの知らせのあと「マリヤの賛歌」(マグニフィカート)を歌うことになります。出エジプトという民族の大救出をして、約束の地へと向かうモーセとアロンを支えた女性ミリヤムは、神の民、イスラエルの救いのため、必要な役割を果たしました。彼女はただ一人、女性として、そのリーダーシップの一角を担ったのです。
ルカは、かなり旧約聖書の内容を意識して記していますので、そのことからすると、人類救済という、神の大きな御業のために、大切な役目を負ったこの女性が不思議にも「マリヤム」つまり「ミリヤム」であったことは神のご計画を示すものと理解していたことでしょう。ルカは、マリヤという人に与えられた使命から、出エジプトの働き人であったミリヤムの姿をダブらせたと思います。マリヤはまさに神によって選ばれた女性だったのです。
マリヤはひどくとまどいました
しかし、29節ではマリヤが「ひどくとまどった」とあります。これはひどく動揺した、混乱したという意味です。突然、天使と遭遇したことも原因だったと思いますが、聖書の説明では「このことばに」となっていて、「この言葉ゆえに」動揺したことが記されています。ここに記されているように、喜びの知らせ、福音は、それが実際、人の心の中にしっかりと届けられると、マリヤのように、誰でも動揺してしまうものなのです。
私は、クリスマスという神の御子キリストが生まれたという出来事は、必ずしも私たちを穏やかな気持ちや、単なる安楽感を与えるようなものではないと思います。むしろ、私たちの心の奥底で感じたり、思っていることを、ときに揺さぶり、あるいは土台からひっくり返してしまうような、とても激しい神のご介入であると思います。願わくは、このすばらしい喜びの知らせに、マリヤのように私たちも信仰をもって応答できればと願います。「どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」(38節)と。