「すべての人に救いをもたらす神の恵み」

テトスへの手紙 2:11-15

礼拝メッセージ 2023.7.9 日曜礼拝 牧師:太田真実子


1.私たちをきよめるために、ご自分を献げられた(11-14節)

 今回の聖書箇所は、文章としては数行程度の短い教えですが、このパウロの言葉には、クリスチャンにとって大切な多くのことが詰め込まれているように思います。
 まず、《すべての人に救いをもたらす神の恵み》が現れたことが告げられています(11節)。その現れとは、2000年ほど前、イエス・キリストが来られた時のことです(ヨハネ1:14)。目的は、すべての人に救いをもたらすことでした。キリストによる神の恵みは、《すべての人》、つまり、人種や階級を超えて、あらゆる人々に及びます。
 そして、その神の恵みは私たちに、《不敬虔とこの世の欲を捨て、今の世にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、祝福に満ちた望み(キリストの再臨)を待ち望むように教えている》のだと、パウロは言っています(12-13節)。クリスチャンが今の世にあって、正しく生きるべき理由は、キリストによる神の恵みに根拠があるということです。

 なぜ神の恵みがクリスチャンに正しい生き方を教えているのでしょうか。その理由は、次の14節で語られています。キリストは私たちをきよめるために、ご自分を献げられたからです。キリストは私たちのためにご自分を献げられました。キリストの《私たちのため》のみわざは、《私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心な選びの民をご自分のものとしてきよめるため》(14節)であったこと忘れてはなりません。

 神の恵みを知っているということは、その恵みの目的が「私たちをきよめるため」であることも知っているということです。時々、「恵みによって私たちは救われているのだから、正しい行いを教えるのは律法主義的ではないか」と思われることがあります。もちろん、私たちは行いによって救われるのではありません。もしそうだとすれば、だれも救いにあずかることができません。だからこそ、私たちを救うことのおできになるキリストが、私たちをきよめるためにご自分をささげてくださいました。その恵みを思うときに、恵みが、《今の世にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活》することを教えてくれるのだと、パウロは語っているのです。
 クリスリャンの生き方の根底には、いつも神の恵みがあります。私たちは、神の恵みに生きているでしょうか。私たちの救いのためにご自分をささげてくださったキリストの恵みを、私たちが知っていながらも無駄にしてしまうことのないように、主を見上げて歩んでまいりましょう。


2.イエス・キリストの現れを待ち望む(12-13節)

 また、神の恵みは、今の世にあって敬虔で正しい生き方を私たちに教えてくれるのと同時に、《イエス・キリストの、栄光ある現れを待ち望むように教えています》と、パウロは言っています(13節)。神の恵みは、再臨という、未来の約束に対する期待を教えてくれるのです。
 今の時代において、未来の何かに期待したり、待ち望んだりすることは、難しいと感じる人が多いように思います。待っているのではなく、「今を生きる自分たちが、自分たちのために未来を切り開いていかなくてはならない」と考える時代ではないでしょうか。あるいは、人生の儚さのゆえに、「今を楽しむこと」「今、生きていること」に最も価値があると考える人もいるかもしれません。現在の楽しみに満足していたり、将来の夢に希望を抱いていたりすることはあっても、さらに遠い未来のことについては、どこか不安や絶望のような感情が漂っているように感じることがあります。
 しかし、神様が約束してくださっているのは、未来に対する希望です。この再臨という希望については、「期待しなければよかった」と失望することが決してありません。今の時代を生きていて、多くの苦しみを経験することがあるかもしれません。神の恵みに感謝することも、未来の約束に期待することも、難しいと感じることもあるでしょう。それでも、神様が私たちに約束してくださっている将来の希望は、決して変わらないということもまた、大きな恵みです。


3.権威をもって語り、勧め、戒めなさい(15節)

 最後に、パウロは《これらのことを十分な権威をもって語り、勧め、戒めなさい。だれにでも軽んじられてはいけません》と教えています。神様の恵みと希望について、語らずにいてはいけません。すべての人のための祝福を、自分だけにとどめておくわけにはいかないでしょう。
 また、これらのことは、私たち人間が考えた計画や言葉ではありません。神様からの恵みと約束だからこそ、権威をもって語り、時には戒める必要があります。パウロの言葉は、一見、「自分を一生懸命に制して、正しくいきなさい」という厳しい教えに聞こえることがあるかもしれません。しかし、パウロがずっと語っているのは、神の恵みと希望の約束にとどまるようにということです。この恵みと希望は、私たちに今の時代を生きる強さを与えてくれます。パウロがテトスを激励しているように、私たち教会も互いに励まし合って、神様の恵みと希望に生きていきましょう。